2010年07月28日

『小さな命が呼ぶとき』と『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』

今日は水曜日なので、仕事は休み。

まず日比谷で『小さな命が呼ぶとき』観賞。

ギリギリと歯噛みしたくなるほど大人の都合に翻弄される、純粋な研究者と、病気の子供を抱える父親。
勿論、社会が成り立つためには、営利とか、建前とか、冷静さとか、必要なんだな。

それでも、病気になったのがわが子だったら、そんなもの吹っ飛ぶわよね。

こう言う病気が有るのは知っていた。
恐ろしいと思っていた。
ココまで、研究が進み、薬が開発されているのは知らなかった。
それを勧めたのが、患者の父親だと言う事も。

難病を抱え、苦しんでいる人や、その家族は沢山居るよね。
その全てに希望の光がある訳じゃない。

それでも、きっと励みになる実話だと思う。

少しでも、多くの病気の人が救われますように・・

私は、この父親のように、父の為に動くべきだったのかも知れない・・彼が明けない苦しみの前で死を選ぶ前に。



明日の、『ザ・ロード』の指定席券を引き換えて、新宿に移動し、『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』

冒頭からの首吊りシーンはショッキング。・・悪戯だけど。

見始めてすぐに思ったのは、『チャーリー・バートレットの男子トイレ相談室』の母子関係に似ていると言うこと。
勿論こっちが古いので、あちらが影響を受けているの言うべきか。

途中から確信に変わったの。
それは、とても耳慣れた歌が流れたから。
キャット・スティーブンスの「イフ・ユー・ウォント・トゥ・シング・アウト、シング・アウト」。
正直この歌手は知らないけれど、この歌手の歌をBGMに物語は進みます。
そして、「イフ・ユー・ウォント・トゥ・シング・アウト、シング・アウト」は、チャーリー・バートレットが、ママやGFと口ずさむ歌なの。

勿論息子の性格は違う。
ハロルドは、何度も自殺の演技をする。
それはママへの、僕の毎日は死んでいるようなもの・・と言うアピールか、自分が死んだと思われた時にママが見せた態度に唯一愛を感じた為、それを求めているのか・・
人との付き合いが苦手で友達が居ない。

チャーリーは正反対。
いかに友達との関係を築き、人気者で居られるかを模索する。
鬱になった常識の欠落したママを守る事を使命だと思っている。
そしてママと仲良しね。

どちらのママも、典型的なお金持ちの有閑マダム(パパは双方居ないけど)で、一人息子を愛しながら、その対応方法に躊躇している。

チャーリーは自力で突破して行くけど、ハロルドは老婆モードに出会う。

このモードが常識の通用しない破天荒な人間で、でも、凄くチャーミングなの。
可愛らしい老婆。
彼女に振り回される内に巡り行く命に対する考えが変わっていく。

死んだような毎日から、毎日新しい事にチャレンジする喜びを知っていく。

そして死が、残された者にどんな思いをもたらすか・・を知ったハロルド。

確かにコレはラブストーリーね。

可愛らしくて、切ないラブストーリー。



ニックネーム まりん at 19:55| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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